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巻頭言

自分がもしその立場だったら ~反対側から見た多文化共生

鈴木 輝也 写真
公益財団法人 日立財団
鈴木 輝也

この電子ジャーナルの立上げの頃から本件に携わらせていただき,今回で第5号の発行になります。皆様のご協力もあり,お陰様でなかなか示唆に富んだジャーナルになっていると思い,少々お堅い論文から,一般の方にも読みやすいエッセイや貴重なデータに基づく連載など,読者の方からは,あまり類を見ない面白いジャーナルですね,との声も戴いております。

さて,私は特定の学術分野の専門家でもなく,また海外にルーツを持つ人間でもなく,何を述べるべきか迷いましたが,私自身小学校時代を豪州で過ごし,また会社に入社した後も欧州3か国に合計4回駐在した経験があり,日本とは異なる文化に飛び込んだ際に感じたことや経験について,少々ご披露させていただければと考えます。

まずは小学校時代です。日本人学校に通っていたこともありますが,家に帰ったあと徒歩圏内の近所に日本人の友達は全くいませんでした。ですので,帰宅後は4つ年下の妹と庭に出たり,ゲームをしたりして遊んでおりました。しかし近所に同世代の子どもがいないというわけではなく,2軒くらい子どもがいる家庭がありました。あるとき,妹と庭で遊んでいるとフェンスの陰からその子どもの頭が見え隠れしていました。きっと聞き慣れない言葉に興味をもったのでしょう。そしていきなり「オニージャー」と呼びかけられ,何か英語で話し掛けられたのです。恐らくこの「オニージャー」は,妹が私を「お兄ちゃん」と呼んでいたのを聞いて,それが私の名前と思ったのでしょう。残念ながら私も妹も英語には不慣れでしたので,チンプンカンプン。そんなことが何度かあった後に,今度は「自分の家に来い」と手招きするのです。それを見ていた母親に背中を押され,未開の地に足を踏み入れることに。そのお宅の裏庭に伺うと,そこには2人の男の子とその母親が庭にテーブルを出して,おやつを食べながら遊んでいました。そちらの母親から英語でお菓子を勧められるも理解できず,ただ勧められていることは察知でき,遠慮なく頂戴しました。それからは言葉も全く通じない子どもたちが,各々の言葉を話しながら何とか意思の疎通を図り,楽しく遊ぶようになりました。加えてその後は休日のBBQ等,家族ぐるみで行き来するようになり,近隣の方もご紹介いただきました。今思えば,子どもには言葉が分からないながらも相手を理解しようとする姿勢が備わっており,無意識にそこに溶け込んで行ける能力を有しているということです。

次に会社に入ってからの経験です。その頃には英語は多少分かるようになっておりましたので,英国駐在では,さほど困った経験はありませんでした。印象としては,英国の方はとてもフレンドリーで,引越し後に挨拶すると,「今度うちでBBQやパーティーをするから,その時は是非来て!」とお声がけをして下さいました。しかし実態としては,一度も招待されませんでしたね。最もこちらもお誘いしたこともありませんでしたが。その後,パリに転勤になったのですが,(90年代初頭はあまり英語を話す方が多くなかったのか)フランス語で話し掛けられ,返事を躊躇すると,「なんだ!フランス語も話せないのか」という目で見られ(あるいは私がそう感じただけ?),肩身の狭い思いをしました。しかし2~3年が経ち,少しはフランス語が理解できるようになり,こちらがフランス語で応対しようと努力すると,拙いフランス語にも耳を傾けてくれて,実はとても面倒見の良いフレンドリーな方たちだということに気づきました。言葉の壁があっても,こちらが努力すると,相手も必死に理解しようとしてくださいました。その後は,日本の文化やお作法に関し,いろいろと質問され,興味深く聞いておられました。また私自身もお作法含め,色々なことを教えていただき,貴重な経験をさせていただきました。

これは今の日本における多文化共生社会の在り方にも相通ずるものがあるように思います。法律や医療,そして教育等の制度の充実も然ることながら,地域コミュニティーの変革も重要なファクターかと思います。近所に困っていそうな外国籍の方がいたとしたら,日本語でも良いので一歩踏み出して話を聞いてあげるという姿勢,そして文化も含め相手のことを理解しようとすることが重要なのではと考えます。もちろん,日本に住んでいるわけですから,時には日本のルールやマナーを丁寧に教えてあげることも,相手のためであると考えますし,より良い共生社会の構築の一助になると考えます。

さて,前置きが長くなりましたが,今回の第5号は「経済×多文化共生」をテーマに,シンポジウムの基調講演録やパネルディスカッション,論文やインタビュー等と多岐にわたった内容を掲載しております。以下にその一部を簡単にご紹介いたします。

まず本年6月15日に開催したシンポジウムの講演録を載せております。基調講演として,国際移動やアイデンティティー・市民権等を研究されている早稲田大学のグラシア・リュー・ファーラー教授に「Immigrant Japan―移民社会日本について」と題して講演をいただき,日本の移民政策や日本におけるNational Identity感に関して分かり易くご説明いただきました。また2本のパネルディスカッションを行い,1つ目はメディアでもお馴染みの方にもご参加いただき,「暮らしと生活―私にとっての日本,そして世界」をテーマに,パネリストの方々の日本との接点,人それぞれの価値観やそこに根差すMicro Aggression等についてお話しいただきました。2つ目は「仕事と経済―多様性とイノベーション」と称して,人々を受け入れるための政策だけではなく,受け入れ後のケアの重要性や多文化時代に求められる規範とイノベーションの相関関係等についてお話しいただきました。

また本年8月に日立グループで仕事をする外国にルーツを持つ従業員の方々,並びに職場の上長の方々に,日々の生活,やり甲斐や将来の夢,そして皆さんへの期待に関してインタビューした記事を載せております。

冒頭にも申し上げましたように,この電子ジャーナル第5号も様々な観点から日本における多文化共生社会の現状,あるいは在り方にアプローチしたものとなっていると考えます。少しでも読者の皆さまの気づきや参考になればと思います。

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