基調講演:Immigrant Japan ―移民社会日本について

本日は『Immigrant Japan ―移民社会日本について』と題し,お話したいと思います。
私は中国で生まれ,1998年に日本に移住し,2008年に永住権を取得したのち,2014年に日本に帰化しました。ですから,私は日本人です。パスポートには,日本人としての名前“ファーラー グラシア”と書かれています。日本人でファーラーという苗字は,恐らく私だけでしょう(笑)。
こうした経緯からお分かりの通り,私は移民です。だからこそ,日本に住む移民の皆さんの“声”となり,現状を伝えていく義務があると考え,移民が日本の社会にどんな影響を与えてきたのか,移民社会はどう形づくられていくのかを調査・研究するようになりました。
エスノ・ナショナリズムのもと,“移民”という概念を否定する日本政府
ここ数年,日本では在留外国人の増加が急速に進んでいます。2024年末の統計では在日外国人は370万人を上回り,日本の全人口の3%を占めるまでになりました。さらに,1980年以降,日本に帰化した人は50万人に達しています。その一方で,政治的な議論の場では一般的に“移民”という言葉は使われません。日本の政府は“移民”という言葉を使いたがらないのです。7年ほど前,安倍元首相は,「日本は,いわゆる移民政策をとることは考えていない」と発言し話題となりました。当時,政府は特定技能労働者制度などを促進していましたが,それは移民政策ではない,と明言したのです。
なぜ日本は移民という概念を拒絶するのでしょう。その根底にあるのが,日本にある「エスノ・ナショナリズム」です。日本のメディアや政府は,日本人は共通の血統を持つという神話のもと,「日本は単一民族国家である」という意識を定着させてきました。こうした考え方は戦前からあり,第二次世界大戦の敗戦後も,日本人はアイデンティティとして共通の祖先を持つ国だと意識づけることで復活をしていきました。エスノ・ナショナリズムは,民族主義と国家主義を併せ持つ概念と言えます。
そして今,移民について,法務省は「ルールを守る外国人を積極的に受け入れる一方で,我が国の安全・安心を脅かす外国人の入国・在留を阻止し,確実に我が国から退去させる」と言っています。移民国家化することによって国の安全が担保されないことを危惧している,というわけです。そして「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」が提示され,外国人の不法滞在を減らすキャンペーンを強化しているのが現状です。
移民国家を規定する2つのタイプ
日本が移民国家を否定するのは,アメリカやオーストラリアのような,従来からある移民国家に対するイメージが起因していると思います。これらの国には,個人が長期滞在を申請するための移民ビザがありますが,日本にはありません。そこから,日本は移民国家ではないと政府は定義づけるのです。しかし,これはおかしな話です。ヨーロッパでも移民ビザを発行しない国は多くあります。しかも,日本でも条件を満たせば帰化もできますし,永住権への道筋を提供しています。私は2020年に著した『Immigrant Japan: Mobility and Belonging in an Ethno-Nationalist Society』という本の中で,移民国家について「どのような国であっても,外国籍の人に対して入国における複数の合法的な入国経路を提供し,永住のための法的経路と制度的枠組みを提供する国」と定義しました。つまり,私のような人間が恒久的に生活して市民になれている日本は,立派な移民国家ということになります。
移民国家には2つのタイプがあります。まず,アメリカやオーストラリアのような国,市民的移民国家(Civic-immigrant countries)というものがあります。民族的なバックグラウンドが気にならない国です。そしてもうひとつ,エスノ・ナショナリスト国家としての移民国家(Ethno-nationalist immigrant countries)があります。その代表が日本です。これは,ある特定の民族が多数を占め,あとから移民がマイノリティとして入ってきて,徐々に移民社会になっていく国です。後者の場合,国のアイデンティティが民族的に排他的なため,移民たちは受け入れられているとは感じにくい状態にいます。たとえば,私はなかなか“日本人”だとは言えません。日本人らしくない,いわゆる典型的な日本人ではないからで,私自身,自分が日本人だと主張する確信が持てずにいるのです。こうした国では,多様性に対して適応していない制度も多く,移民は必要であるにもかかわらず,受容されることはなく,滞在はあくまで条件付きです。
日本にやってくる移民の実態と今後
(1)日本に来る理由
私は前述の拙著のなかで「日本は,移民ということを否定しながら,移民社会になれるのだろうか?」というテーマで考察をしました。移民として働き,家族と一緒に暮らすことはどういう意味を持つのか,そして単一民族国家のなかでどうやって私たちは帰属意識を見つけていけばいいのか。そういった観点から200人以上へのインタビューや観察を行い,2010年から2017年のデータを収集活用しながら考察をしました。そのときに分かったことについて,いくつかご紹介しましょう。
まず,移民が日本に来る理由を調べました。ひとつには,経済的,教育的機会があって来る人たちがいます。キャリアのため,留学のため,さまざまな奨学金も得られるため,日本に来るのです。
また,理想の暮らしを求めて来る人もいます。抑圧的な社会環境から逃れてくる人,自国の環境に満足していない人,別の国に何かを求めている人など,個人的,物質的,情緒的欲求が理由となります。
さらに,日本のカルチャーに心惹かれて来る人もいます。浮世絵など伝統的な絵画はもちろん,最近はゲーム,アニメといったさまざまなポップカルチャーも人気です。特にゲーム開発者にとって日本は魅力的な国であり,この業界に入るために来日する人もいます。日本の文化は多くの移民にとって夢のひとつになっています。
(2)日本に来る経路
移民の多くは,学生,職業人,技能実習生,日本人の結婚相手,長期定住者(主に日系ブラジル人)など,さまざまな制度的経路を使い,条件をクリアして日本にやってきます。
日本では1990年に入管法を改正し,多くの移民が入国しやすくなり,特に高度な技術を持った人が多数入国するようになりました。海外留学生については,『21世紀初頭に10万人を受け入れる』ということを目標に日本政府は諸制度の整備を進め,それが達成されたのちには,2008年に『留学生30万人計画』,2024年に『留学生40万人計画』が打ち出され,世界に国を開くことを推進してきました。教育による移住は大きなトレンドとなり,日本の大学はプログラムを拡大し,教育移民に関わる業界や産業も受け入れ態勢を整え,リクルートなども盛んに行ってきました。人数は中国人が最も多いのですが,2番目に多いのがベトナム人です。特に2012年ごろからベトナムからの留学生は急速に増え,1990年ごろは数千人だったものが,今は50万人を超えています。彼らは学生や労働者として入国し,社会的ネットワークも構築されています。
その後,1993年に導入された外国人技能実習生制度を使って来日した外国人も多くいましたが,いくつかの問題もあり,2030年までには廃止され,新たな制度に変わります。
フィリピンからの移民は女性が多数を占めています。初期はエンターテイメント産業に従事するケースが多かったのですが,その後は日本人男性の結婚相手として来日する人,あるいは学生や専門職の労働者としてやってくる人が増えています。
(3)労働市場
次に『Working in Japan』という移民の日本における経済的立ち位置を示した表があるので,これを見ていくと,市場にはいろいろなカテゴリーがあることがわかります。
いわゆる正規雇用者と定義づけられる一次労働市場は,福利厚生なども充実しています。二次労働市場はパートや契約社員などで,安定性はそこまで高くありません。また,多くの外国人が働いているグローバル労働市場もあります。複数の言語を使える人材は日本のグローバル化に寄与できると期待され,グローバル企業や多国籍企業で,契約ベースで働いているケースが多く見られます。また,民族に特化した労働市場もあります。たとえば中国や韓国,ネパールという国から来た人へのサービスに特化した職業で,移民が文化的特性に特化している職業といえいます。また,エスニックグローバルとして中国のIT企業が増えているので,そこで中国人が雇用されています。このように移民はいろいろな職についており,日本と母国との掛橋の役割を果たしています。
(4)滞在期間
日本では,移民が職に就く場合,多くは長期滞在を想定していません。私もそうでした。長くても滞在期間は2年程度だと思っていました。なぜ長期滞在が想定しにくいのかというと,日本は「単一民族」と認識している,移民である自分の将来が見えづらいということが挙げられます。たとえば,アメリカに渡ろうと考える移民は,最初から“定住”を念頭に置き動きますが,日本は不確実なことが多く,何を想定すべきかもわからないため,長期滞在を想像するのが難しいというのが現状です。
日本の移民政策も,「移民はある特定の制度に紐づいていないと留まれない,定住ができない」としています。留学生である,職業人である,あるいは誰かの配偶者であるなど,明確な立場がないと日本に住む理由になりません。さらに,永住権や長期滞在の資格を得るまでには厳しい審査基準があります。つまり,移民が滞在するには制度による縛りがあるわけで,“面倒な手続きをさせる”ということでは,日本政府はいい仕事をしているといえます。
ジョージというアメリカ人男性がこんなことを言っていました。
「日本にいることは私にとって,特に選択的なことではありませんでした。たまたま,そうなってしまったんです。あるパーティで,21年間日本に住んでいる外国人男性と知り合い,彼に『あなたが6カ月以内に日本を出ていくことを考えなくなったのは,どれぐらい経ってからですか』と聞いてみたんです。つまり日本に来た外国人はみな,6カ月以内に帰ると考えるのが普通だったんです。すると『1年後には出ていこうと,14年間ずっと考えていたよ! 計画はしていたけれど,気が付いたら,思っていた以上に長いこと留まってしまった』と答えたんです。それは全く私と一緒でした。私も,その気はなかったし,友だちと会社を始めようと思ったもののそれもうまくいかず,結局ずるずると6年も経ってしまいました」。
選択的な滞在ではないという部分は,多くの移民の共感を得る部分だと思います。結局,仕事があり,キャリアがあるから,居続けてしまうのです。私も十数年後,70歳になれば早稲田大学を退職するわけですが,経済的,財務的な理由があるので,恐らく日本に滞在するでしょう。
日本に留まる理由として,出ていくことのリスクの高さも無視できません。日本に長く留まっていると,母国の労働市場と疎遠となり,再統合される可能性が低くなり,母国で仕事を得づらくなるのです。
また,情緒的なつながりから日本に留まっている人もいます。例えば,恋人や友人がいるなど,緊密な関係は大きな理由になります。2年前の調査で「どれぐらい日本に滞在する予定ですか」と聞いた際,5年以上と答えた人の大半は,日本人と結婚した人たちでした。
(5)帰属意識
日本に滞在する理由には,社会的な需要とコミュニティも大きく関わっています。コミュニティというのは,必ずしも日本人のコミュニティではなく,外国人だけのコミュニティもあり,それが自分の居場所としての力強い情緒的なつながりを感じさせるのです。そしてそこが快適なため,出て行こうとはしないのです。
もちろん,日本が好きということもあるでしょう。日本の社会は秩序があり礼儀正しく丁寧です。そして,多くの人が日本,あるいは東京は素晴らしい生活空間だと考えています。つまり,さまざまな家や故郷という帰属意識を持つことで,多くの人が日本を居心地がいいと感じているのです。
母国やルーツへの思いということでは,特に中国人,韓国人のなかに複雑な感情を抱いている人がいます。中国に「落葉帰根」という言葉がありますが,これは「葉が落ちて根元に帰るように,人間もまた最後は故郷に帰る」という意味で,母国への帰属意識が高いと考えられ,彼らは日本に帰属しているとは,なかなか言いません。しかし,長期的にはこの境界線にあるような人には,ハイブリッド化された帰属意識が芽生え,さまざまな場所に同時に帰属しているという感覚を持つことがあります。
必ずしも物理的な場所には紐付かない帰属意識もあります。これは“家族”が自分の属するところだと感じる場合で,ある人は「自分自身が自分のパラダイスだから,どこかの場所に属している必要はない」と言っています。このように,コスモポリタン的な帰属意識を持っている人もいます。
結局,移民の帰属意識に影響を与えるのは“親密さ”だと私は考えます。長い間留まることで日本の社会に文化的に受容されたと感じたり,あるいは地位を得て,尊敬され,認められていると感じたりすれば,帰属意識は芽生えます。また,民族的に似ていることから外人と見なされなかった場合にも帰属意識を感じるなど,文化的なナラティブも帰属意識に影響を及ぼします。
一方で移民の子どもにとって,この日本という環境のなかでアイデンティティを見い出し,切り抜けていくことは,正直,大変難しいと思われます。特に10~18歳の多感な時期は困難を感じることが多いでしょう。しかし,そこを乗り越えて真に様々な異なる文化を理解することができれば,彼らはグローバルな人材としてある特定の役割を果たすことができると考えます。
「認識,信頼関係,権利」を得ることで日本は移民が生きやすい社会になる
移民について,いろいろ考えてきましたが,結局,今の日本は,移民を求めていながら,移民をどう位置づけるのか,という部分が定まっていないことが大きな問題であり,ジレンマなのだと考えます。しかし,すでに日本は移民国家として始まっているわけですから,移民とは何なのか,日本はどう向き合えばいいのか,明確に判断を下すことは喫緊の課題です。
移民の側は,このエスノ・ナショナリスティックな国に帰属しながら,国ではなく,地元やコミュニティに帰属意識を持つことで日本に留まることができると思います。
移民にとって日本は十分魅力的な国です。ただ,日本はアイデンティティ的な問題を内包しているため,移民の子どもは,長く日本に暮らしていても,自分は日本人だと主張できないという問題があります。こうした溝を埋めるためには,日本と日本人と外国人の間をつなぐ枠組みが,もう1つ,必要なのだと私は思います。そのためには,私は移民に3つのR“Recognition, relationships, rights”「認識,信頼関係,権利」を与えることが重要だと考えます。この3つのRを得ることで,彼らも日本における帰属意識を持てるようになるでしょう。
日本はもうすでに移民国家となっており,移民国家としての道を歩み始めています。そこをしっかり認識したうえで,移民と向き合い,移民国家としてのあるべき姿を構築していってほしいと思います。



