ケニア・ホマベイ郡南スバを対象に,ランダム化比較試験(RCT)により政策効果を検証した(図 4).第 1 回介入(2022 年 6〜7 月)では,住民センサスとベースライン調査を経て,92 クラスタ ー か ら 1,728 世 帯 を 抽 出 し,EDU+CCT 群,EDU+LIS 群,対照群に割付けた.介入後の評価では,教育コンテンツによりマラリア知識が顕著に向上(正答率+15%)し,CCT 群で蚊帳使用率の 改 善 が 確 認 さ れ た.一 方,迅 速 診 断 検 査(mRDT)で測定した感染率には統計的に有意な低下は見られなかった.また,LIS 群の行動変容効果は限定的であり,報酬額や付与方法の設計に課題があることが明らかになった. 第 2 回介入(2024 年 1〜2 月)では,CCT の給付額を 300 Ksh,LIS の当選額を 3,000 Ksh に引き上げ,付与頻度を追加した.その結果,教育コンテンツは再び知識向上に寄与し,その効果は介入後数か月間持続した.知識向上は,蚊帳使用率や,子どもが蚊帳を設置する際に大人が補助する頻度(adult support)の増加と関連していた.しかし,金銭的インセンティブの感染率への影響は依然として限定的であり,CCT は蚊帳使用や adult supportをわずかに改善した一方,LIS の効果は小さかった. 以上より,教育介入は知識向上と予防行動改善に寄与することが示されたが,金銭的インセンティブの効果は限定的であり,制度設計の再考が必要である.特に,Nyqvist ら(2018)の研究で疾病予防行動に有効とされた LIS が,本研究ではほとんど機能しなかった点は注目に値する.Nyqvistらの HIV/AIDS 研究では,性感染症の陰性を条件とするロッタリー型報酬を導入し,特にリスク回避度の低い男性で予防行動の改善効果が顕著であった.この仕組みが有効であった背景には,HIV 予防が比較的単発の意思決定に依存し,報酬との結びつきが明確であったこと,さらに対象が若年層で,ロッタリー型報酬のリスク特性に親和性が高かったことが挙げられる.一方,マラリア予防行動は蚊帳使用や定期的受診など,反復的かつ世帯単位の行動を必要とするため,一時的報酬の影響は限定的であった.また,対象にはリスク回避的な世帯主や女性が多く含まれ,無症候性感染の存在やリスク認知の低さも影響したと考えられる.LIS は報酬額を高めても,当選確率の低さから動機付けとして十分ではなかった可能性がある. 現時点でのマラリア原虫感染率評価は mRDT によるが,より検出感度が高い PCR のための乾燥濾紙血も採取しており,現在も検査作業が進行する.今後 mRDT では検出されないが PCR では検出される低原虫濃度感染も含めた感染率評価が加えられる予定である.マラリア撲滅センター活動展開 ホマベイ郡病院内に立ち上げたマラリア撲滅センターについて,現地フィールド活動拠点としての整備が進む.特に,KEMRI,マウントケニア大学と連携しながら住民マラリア感染率や媒介蚊数,媒介蚊マラリア(スポロゾイト)保有率の顕微鏡,PCR 診断を実施し,各種介入試験のモニタリングを行う体制が作られた.また,介入対象地域を中心に,マラリア伝播に関連する保健医療施設データを整備,統合し,多角的なモニタリングを可能にするシステムが構築された.これらの活動に,複数の現地医療従事者,若手研究者が従事し,研究の基本的な手順や論理的議論についての経験を積んできた. ホマベイ郡病院内およびマウントケニア大学内の解析ラボにおいて,機器の調達過程を中心にCOVID-19 の影響が続き,ラボ体制整備に若干遅れが生じたが,2023 年 7 月にはマウントケニア大学のラボが開所され,サンプル保管や PCR,原虫培養といったラボ機能の整備が完了,ろ紙血サンプルからの核酸抽出,cDNA 合成,qPCR といった基本的な分子疫学情報を収集するうえで必須な実験系も確立された.すでに収集されているフィールドサンプルの解析も現地主導で開始している.さらに,マウントケニア大学においては血清学的マルチプレックス解析の系が確立され,コホート集団を対象とした免疫学的解析が進められている.ホマベイ郡政府病院においては,フィールドサイトからの近接性を利用して,Suba South で開始された新たなコホートからの Peripheral Blood Mono-nuclear Cells(PBMC)サンプルを分離,ライブラリ構築ができる体制の整備が進んだ.今後プロジェクト終了後もケニア側オーナーシップのもと,無症候性感染に対する single cell レベルでのアプローチなど,フィールドと先端ラボを結ぶ,研究展開が期待される.3.主な発表論文・学会発表等[原著論文]2025• Ko YK, Gitaka J, Kanoi BN, Ngasala BE, Kanamori M, 日立感染症関連研究支援基金 研究成果報告書26
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