これらのビッグデータに対して,統計処理や機械学習などの量的分析手法,さらに言説分析などの質的手法を用いることで総合的な知見を得ることを試みた.1.4.3 研究成果 COVID-19 パンデミックに関連した多くのトピックがソーシャルメディアの中心的な話題となった.これらの話題の分析結果からは,多くの知見が得られた.たとえばパンデミック初期には,「PCR 検査」を巡りソーシャルメディア上で多くの議論が交わされたが,「検査抑制論」すなわち政府が意図的に検査を抑制しているなどの論は小集団によって強固に支持されていたものの,多くの議論はより大きなオンラインメディアのフレーミングに依存していることが示された(田中ほか,2022). ソーシャルメディアとマスメディアの協働,さらには専門家やその集団の知見が,誤った情報を修正できた事例も観測された.この事例においては,新型コロナウイルスの「変異株」が登場し始めた時期,当初は「変異種」という呼称が一般化したが,これはソーシャルメディア上の専門家の訂正活動が先鞭をつけ,さらに学会声明を受けたテレビなどマスメディアの呼称修正などを受け,メディア上での呼び方が修正された(Lim et al. 2024;図 4A). こうした誤情報の訂正に際しては,誤情報の構造的否定はどのような効果を持つのだろうか.我々は「新型コロナワクチンは不妊をもたらす」というソーシャルメディア上の流言に関しての分析を行った.「ワクチンにより不妊になるというTwitter 上の流言は,少数の扇動者によって拡大している」という分析結果が,公共放送や大手新聞社で大々的に報道された前後で,Twitter 上での議論状況を比較分析したところ,ある程度の情報訂正効果は認められるが,可逆的な範囲にとどまることが示された(図 4B;論文投稿中).また同時にこの際の分析データからは,日本における科学的議論は,米国などとは異なる党派的構造を持つことが見出された. そして COVID-19 においては,医療・医学情報を発信した専門家は,世界各国と同様,日本でも激しい攻撃に悩まされた(田中・端・于・吉田,2024).この実態について,Twitter(X)上で継続的な情報発信を行った 14 名の専門家に対して市民が寄せた反応(リプライ)を分析したところ,事前の予想に反して,寄せられていたのは必ずしも極端な批判ばかりではないことが明らかとなった(姚・吉田・田中,2024).この結果からは,ソーシャルメディアで情報発信している専門家には,アルゴリズムによって激しい批判が可視化されており,それが専門家を悩ませている可能性が示唆される. それでは,科学に対する懐疑的な雰囲気が,対話を通じて変化した例は無いのだろうか.我々は10 年以上の長期にわたって収集してきた HPV ワクチンに関する Twitter の議論データ 400 万件分を分析した.すると,2014 年から 17 年にかけて,科学的態度を維持しつつも誠実な対話をする人々によって雰囲気がワクチン許容に変化していく様子が観察された(藩・吉田・田中,2024).この成果については,より詳細な分析を行っている(論文投稿準備中). 科学的不確実性の高いパンデミックの最中では,信頼できる情報をどのように構築するかが課題となる.Wikipedia では市民ユーザの努力によってCOVID-19 に関しての質の高い情報が構築され続けたが,我々はこれがどのようなタイプの人々によるのかを分析した.すると多くの記事が,普段は「政治・社会」の記事を好んで書いている編集者により骨格が作られ,それに続いて細部の科学的正確さを「医療・科学」の記事を選好する編集者が担保していくという構造が見られた(Yang & Tanaka, 2023). こうした分析の結果は,COVID-19 を巡るオンライン・メディア議論の混乱を描写していると同時に,その対処についての示唆も含んでおり,今後の研究およびリスクコミュニケーション実践に大いに資するものと考えられる.1.5 政治風刺漫画における科学と専門家像1.5.1 研究目的 コロナ禍においては多くの専門家がメディアを通じて知見を発信したが,科学知識の「解釈的次元」(Wynne, 1998)の観点から考えると,専門家ではない一般市民がどのように専門家の知識・知見を理解し,素人知(lay knowledge)を形成していったかを分析することは重要である.日本においてマンガは娯楽だけでなく教育を目的としたメディアでもあり(Berndt, 2017),コロナ禍が始まって以来,多くのマンガ家やアーティストがコロナ禍をテーマにした作品を制作してきた.マンガをはじめとした視覚メディアは医療・科学言説の一部として機能している(Jarreau et al., 2021)日立感染症関連研究支援基金 研究成果報告書34
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