あとがき 本報告書は,日立財団の「日立感染症関連研究支援基金」による研究助成により実施された,5 件の研究プロジェクトの成果を取りまとめたものです.これらのプロジェクトには,以下のような特色があると考えられます. 第 1 に,これらのプロジェクトは,2020 年以降顕在化した COVID-19 禍やそれへの対応の進展と並行して,2021 年 12 月から 2024 年 11 月にかけて中期的な視座をもって実施されました.そのため,単に現実の短期的課題に取り組むだけではなく,COVID-19 禍等により顕在化した課題を,中期的な観点から俯瞰的に分析し,教訓を明らかにすることができました.例えば,鈴木氏を代表者とする「パンデミックにおける公衆衛生経済学と感染症予防の価値に関する国際共同研究」では,ロックダウン時にみられた医療と経済のバランス,検査戦略の有効性,ワクチン接種の有効性について可能な限り客観的な検証を試みています. 第 2 に,この基金は COVID-19 禍を契機として設立されましたが,対象は COVID-19 禍だけではなく感染症一般であるため,様々な感染症やその他のリスクを幅広く扱うことができました.例えば,金子氏を代表者とする「新型コロナウイルス感染症パンデミック下のマラリア根絶」では,従来から特にアフリカにおいて重要な課題であったマラリアに関して,殺虫剤処理天井式蚊帳や行動変容を促す経済的・教育的介入手段の有効性についての包括的な分析が行われました.また,原本氏を代表者とする「パンデミックへのレジリエンス向上のためのアジアにおける下水道疫学調査の実装」では,下水疫学調査を用いて COVID-19 をはじめとする様々な感染症の流行状況を監視するための仕組みづくりを行うとともに,そのような仕組みの技術移転を進められました.下水疫学調査においては,新型コロナウイルスだけではなく,ノロウイルス等の病原ウイルスやサルモネラ菌等の病原細菌も検出対象とされました. 第 3 に,世界各国における様々な政治的社会的状況の下における COVID-19 禍への対応の多様性と多様な課題が明らかにされました.例えば,田中氏を代表者とする「COVID-19 対策の国際比較分析」では,COVID-19 禍における 10 カ国のリスク観に関する調査が行われ,COVID-19 報道における専門家の役割や専門家によるソーシャルメディアを通じた COVID-19 情報の伝達等について日中比較が行われました.そして,そのような比較も踏まえて,日本における COVID-19 のガバナンスの基本的課題として,科学主義,技術解決主義,欠如モデル的な市民観等が指摘されました.また,華井氏を代表者とする「ダウンサイドリスクを克服するレジリエンスと実践知の探究」では,COVID-19 禍の下でのサハラ以南のアフリカ諸国(南アフリカ,ウガンダ,ジンバブエ,コンゴ民主共和国,ケニア,タンザニア,エチオピア)に関して,リスク・トレードオフの存在が明らかにされました.COVID-19 対応の結果,他の感染症リスクが高まったり,飢餓リスクが増大したりしたことが明らかになりました.また,各国において,ワクチン接種行動に関する誤情報の影響,感染症対策の政治化(当初懸念されたほどの感染拡大が発生しなかったことが感染症対策の成功と認識され,住民による政府への高評価が見られたこと等)も確認されました. 今後は,このような COVID-19 禍に伴う幅広い教訓が,次のパンデミック対応の準備に活かされていくことを期待したいと思います.東京大学 大学院法学政治学研究科教授 城山英明61
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