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日立財団 Webマガジン「みらい」VOL.2
日立財団50周年記念シンポジウム 子どもへの投資が明日をつくる ─ 教育と社会的リターン ─
日立財団

講演録1

貧困の世代間連鎖を断ち切る
─ 教育経済学の研究蓄積から ─

慶應義塾大学
総合政策学部 准教授

中室 牧子 氏

調査データを実際に見ると、日本の子供の貧困は年々深刻になっています。
一方でその解決に活かせる研究結果も、様々に蓄積されています。

※本講演内容をダイジェストでお届けします。

経済的な状況が良く、勉学に対する意欲が高い子どもと、
経済的な状況が困難で、意欲が低い子ども、この2パターンに分かれる。

講演の中で印象的だったのは、この考察です。中室氏は子どもの学習能力は遺伝学的に影響しているか、あるいは、養子縁組みをした子どもは縁組み先の家庭の経済状況でどのように学力の差が出るかという追跡調査など、多方面にわたるデータや調査結果を提示。子どもの貧困、そして格差についての現状を、冒頭の見出しのようにまとめています。貧困に苦しむ子どもは、経済的な状況が困難だからこそ意欲が削がれ、努力することが難しい状況に陥っているのではないか。一方、良い経済状況のもとで育った子どもは学習意欲が高い傾向があります。これまで私たちは、経済的に苦しくても勉学に燃え、努力する子どもがいるはずだと信じていましたが、各種調査やデータや研究によればどうもそうではなく、したがって、学習意欲の低さを子どもたちの自己責任にするのは間違っていると指摘します。
では、貧困の世代間連鎖を断ち切るために、どのような施策が必要か。中室氏は次の3点をあげます。

1.幼少期における栄養サポート、健康増進

5歳以下の健康や栄養の状態は、後の学歴や学力、職業の選択、さらに幸福感などにも非常に強く影響することは、経済学では定説となっているそうです。したがってこの部分をサポートすることは、喫緊の課題であると中室氏は指摘します。
当日の別の講演「貧困の連鎖と教育支援」でも、『勉強できないという前に、まず食べるものない』と、講演者の渡辺由美子氏(NPO法人キッズドア)も指摘していました。教育格差を克服する一歩として、日常からの栄養・健康サポートの必要性を強く感じました。

2.幼児教育が重要である

教育の収益率は子どもの学年が小さいときの方が高い。つまり教育の投資効果を考えると、幼児教育がとても大切になると、経済学の見地から中室氏は指摘します。調査によれば、質の高い幼児教育を受けた子どもとそうでなかった子どもで、学力や就業、社会的な地位などを長年にわたって追跡した調査がありますが、それによれば、質の高い幼児教育を受けた子どもは生活保護受給率や逮捕率が低いことが分かっています。そうした結果をもとに、幼児期に質の高い教育を行うことが、子どもの将来の幸福を下支えすることにつながるだけでなく、社会保障面でのコストを下げることにつながり、国民全体が大きな利益を受けると中室氏は指摘します。この後の講演「貧困の連鎖と教育支援」では、講演者の渡辺由美子氏から貧困対策として行っている教育支援の実例報告があり、理論と実践の両方を確認することができました。
加えて、幼児教育を行うことによって冒頭でも指摘された「経済的な状況が困難で、意欲が低い子ども」の不利な状況が改善されます。ただし、その効果を最大限にするためには、幼児教育の質にこだわることが重要で、必ずしも無償化ではないこと。無償化は経済的に恵まれた層にもアドバンテージとなり、格差の是正にはつながらないことにも中室氏から言及がありました。

3.「非認知能力」を高める

質の高い幼児教育は、なぜ効果的なのか。それは非認知能力の獲得にあると中室氏は言います。非認知能力とは忍耐力や社交性、自尊心など学歴や仕事など将来の成功の支えとなる「生きる力」のことで、中高生のときに部活動や生徒会活動などを通じて培われる勤勉性や協調性、リーダーシップは、学歴の形成や就業、収入に影響することなどが調査で明らかになっています。
そしてその非認知能力の獲得量は、幼児期が最も高くなるだろうといわれています。また、非認知能力は座学ではなく人と人との関わりの中でしか獲得できないともいわれており、そのことも踏まえ、質の高い幼児教育の重要性を中室氏は訴えます。
この後の教育評論家 親野知可等氏の講演でも中室氏のこの話に絡め、目標や課題に対して自発的・能動的に取り組む姿勢の大切さと、それを身につけるための具体的なアドバイスがありました。

講演を終えての感想

貧困や格差の是正・解消は、当事者だけの問題ではありません。貧困からくる犯罪が抑制され社会秩序が安定化すること、少子化にともなって減り続けている就労人口の改善、生活保護の対象者の抑制、それらによる国や自治体の財政運用の改善など、社会全体にとって大きなメリットになります。講演中、中室氏もその点に触れていました。
数々のデータや調査結果から問題の本質に迫る、中室氏の経済学者ならではの考察や指摘は具体的で分かりやすく聞くことができました。特に、学習意欲の低さを子どもたちの自己責任にするのは間違っている、との指摘は大きな気づきであり、今回のシンポジウムのテーマ「子どもへの投資が明日をつくる」を考える上での起点ともなると感じました。

中室 牧子(なかむろ まきこ)
プロフィール 中室 牧子(なかむろ まきこ)

慶應義塾大学環境情報学部卒業後、日本銀行、世界銀行、東北大学を経て現職。コロンビア大学公共政策大学院にてMPA、コロンビア大学で教育経済学のPh.D. 取得。専門は教育経済学。産業構造審議会委員、行政改革推進会議(歳出改革WG)有識者委員、スーパーサイエンスハイスクール支援推進委員を兼任。著書はビジネス書大賞2016 準大賞を受賞し発行部数30 万部を突破した「『学力』の経済学」(ディスヴァー・トゥエンティワン)、「『原因と結果』の経済学」 (共著、ダイヤモンド社)など。

基調講演 講演録 「毎日かあさん」から学ぶ楽しい子育て
  • 講演録1貧困の世代間連鎖を断ち切る- 教育経済学の研究蓄積から -
  • 講演録2非行と貧困 ─格差社会における社会的排除─
  • 講演録3親力できまる子どもの将来
  • 講演録4貧困の連鎖と教育支援
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※本講演録は、日立グループの見解を表明するものではありません。

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