日本は移民社会なのか?その特徴とは?
1.はじめに
本コーナーでは移民社会としての日本が今どうなっているのか,そしてそれを取り巻くグローバルな情勢はどうなっているのか,といったことについて連載を通じて明らかにしていくことを目的としている。
日本ではこうしてトピックスについて知ることができる基礎的な情報や文献がまだまだ少ない。また,日本が国際移住や移民社会といった点において,どのような状況にあるかということは,専門家,マスコミも含め,あまりよく知られていないように思う。例えば,実際には日本政府は外国人の永住も視野に入れた非常にオープンな移民政策をとっているにも関わらず,非常に閉鎖的な政策をとっているといったイメージが一般的に持たれているといったことが,それにあたるだろう。
そういった状況はひとえに具体的なエビデンスを欠いた議論や一方的な思い込み,個人的な体験に基づく議論から生まれているといって良い。特に外国人や移民をめぐる状況は,自分事ではないと思われることが多いためか,普段なら働くはずの「健全な想像力」といったものも欠如しがちである。諸外国でもこの種の話題がともすれば極論に流れやすいのはそのためである。
本コーナーでは最新の統計や各種データに基づき,こうした点について一つ一つ明らかにしていく。本連載を通じて,移民社会としての日本に関する知識が深まることを願っている。
第1回目のテーマは,日本は移民社会なのか,そしてそうだとすればその特徴は何かという点についてである。日本がすでに移民社会であるという事実はだいぶ知られるようになったといえるが,それがいかなる特徴を有するものかといった点についてはほとんど知られていない。本稿ではそういった点について,具体的なエビデンスに基づきつつ,明らかにしていきたいと思う。
2.移民とは誰のことか?
日本で移民といえば,身の回りの道具一式を抱え,船で大海をわたって新天地を目指す人たちの姿を思い浮かべることが多いだろう。20世紀初頭にヨーロッパからアメリカを目指した人たちの姿や,戦前から戦後にかけて日本からブラジルなどの南米にわたった人たちの姿がそれに重なることが多いだろう。そういった人たちはいわば新天地での新たな生活を求めて,いわば片道切符で海を渡った開拓者たちである。
しかし,こういったイメージをもとに今,世界で移民なる人たちを探したとしたら,おそらくどこにもいないだろう。現代の移民はカラフルなスーツケースを持って,飛行機で新天地の空港に降り立つ人たちであって,その多くは留学や期限付きの仕事など,最初から永住を予定していた人たちではない。その姿は現地で暮らす人たちとそう大きく変わらない。
もっとも身近な例でいえば,私たち自身が移民にもなりうる。例えば,外国に1年以上,留学や仕事で滞在したことがある人がいれば,その人たちは既に移民である。国連の定義によれば,移民とは居住地の移転を伴う国際移動をする人のことであり,その中でも1年以上の期間,外国に住む人を長期移民と定義している(UN DESA 1998)。
もちろんこんなシンプルな定義では移民という実態と合わないと考える人も多いだろう国連の定義は統計制度のあまり整っていない途上国もカバーしているため,どうしても粗くなりがちである。よって,この点についてより細かな別の定義をみてみよう。
先進国から構成される国際機関であり,パリに本部を置く経済協力開発機構(OECD)によれば,移民は大きく永住型移民と一時滞在型移民とに分けられるとする(表1)。一時滞在型移民とは「在留期間,及び更新回数に上限がある資格で滞在する外国人」であり,具体例を挙げるならば,留学生や企業派遣の駐在員,あるいは季節労働者といった人たちが含まれる。留学生であれば,滞在期間は在籍する課程の修了年限までとなるし,企業派遣の駐在員もその任期を越えて滞在することはできない。一方,永住型移民とは「滞在期間,及び更新回数に上限がない資格で滞在する外国人」のことであり,ホスト国の国民の外国人配偶者や子どもや更新回数に上限がない就労ビザを持った外国人などが該当する。
分類 |
定義 |
---|---|
永住型移民 (permanent-type migrant) |
滞在期間,及び更新回数に上限がない資格で滞在する外国人 |
一時滞在型移民 (temporal migrant) |
滞在期間,及び更新回数に上限がある資格で滞在する外国人 |
出典:Lemaitre et al.( 2007)をもとに筆者作成
こういった分類に従うならば,実は日本で暮らす外国人のほとんどが永住型移民に分類されることは,ほとんど知られていない。例えば,2023年6月末時点の在留外国人は全部でおおよそ322万人であるが,その内,永住型に分類されるのは約206万人と在留外国人の63.8%1を占める(図1)。
その内,もっとも多くを占めるのが在留資格「永住」の約88万人である。これは文字通り,日本での永住が可能な在留資格で約10年間,日本に住んだ後,取得することができる。就労に関しても制限はなく,選挙権等の参政権を除けば,権利面で日本人との差はほぼないといって良い。
次に多いのが「技術・人文知識・国際業務」の約35万人である。これは大卒以上の学歴を持ち,日本で働く外国人が取得することが多いもので,諸外国で言ういわゆるハイスキルビザに相当する。
三番目に多いのが特別永住者の約28万人である。これは戦前から日本に住む在日コリアンの方々にほぼ相当する。1990年代に入るまで,日本で暮らす外国籍人口の9割以上を占めていたが,近年,高齢化と帰化によって減少が続いている。
4番目に多いのが「定住者」である。これは様々なカテゴリーを含む在留資格であるが,代表的なものとしては日系ブラジル人を挙げることができる。その他,外国籍を持つ子どもや配偶者など,諸外国で家族移民(Family Mirant)と呼ばれる類型に属する人たちが数多く含まれているのが特徴といえる。
一方,一時滞在型移民に含まれるのは,「留学」,「技能実習」,「特定技能1号」,及び「企業内転勤」等,日本での滞在期間に期限があるものである。しかし,技能実習を含め,いずれの在留資格も現在,更新回数に上限の無い在留資格への切り替えが可能であり,事実上,永住型移民への入り口としての役割を果たしている点に注意する必要がある。
3.グローバルな動向
1)永住型移民
日本は既に移民を受け入れており,しかもその6割以上が永住型移民によって占められているという事実は,国際的に見てどう位置づけられるのであろうか?この点について,主要先進国の毎年の移民受け入れパターンから見ていきたい。
先進国における毎年の移民受け入れ数を見てみよう(表2)。まず,永住型移民を見ると,先進国全体で毎年約500万人の移民が新たに入国している。その内,アメリカがダントツのトップであり,毎年約100万人の永住型移民を受け入れている。第二位がドイツであり,毎年約60万人,第三位がスペインの約40万人,第四位がイギリスの約35万人,次いでカナダの約34万人となる。日本は新型コロナ流行前で年間約13万人と第10位である。
順位 |
国名 |
人数(千人) |
---|---|---|
1 |
アメリカ |
1,031.0 |
2 |
ドイツ |
612.1 |
3 |
スペイン |
408.5 |
4 |
英国 |
345.7 |
5 |
カナダ |
340.5 |
6 |
フランス |
292.3 |
7 |
イタリア |
205.3 |
8 |
オーストラリア |
193.0 |
9 |
オランダ |
152.6 |
10 |
日本 |
132.1 |
出典:OECD(2020)
日本は先進国で第10位の受け入れ数であるという事実を知って,どう思われたであろうか。多い?少ない?しかし,重要なのは永住型移民の内訳である。ここに日本が移民に対して閉鎖的な社会であるとの誤解が生まれる原因が潜んでいる。
先進諸国における永住型移民の内,もっとも多くを占めるのは実は家族移民(35%)である(図2)。これは国際結婚や先に入国した移民が,出身国から配偶者や子どもを呼ぶといった場合を指す。次に多いのが欧州連合(EU)のシェンゲン協定内における自由移動(28%)である。よく知られているように同協定に加盟する国の中では国境管理が行われておらず,就労や留学を含め,域内を自由に移動することが可能である。その次に多いのが就労(13%),及びその帯同家族(8%)である。最後が難民等の人道的移民(11%)である。
日本では移民というと,就労を目的とした移民が多いという印象が強いのではないだろうか。実際,外国人労働者問題について論じられる際,頻繁に耳にする「安価な労働力」,「使い捨て労働力」,「雇用の調整弁」といった日本の政策への批判的な言葉が念頭に置いているのが,欧米諸国における永住型移民の多さであるとすれば,そう解すべきであろう。同一の対象を扱った政策でなければ,比較対象とならないからだ。
この点について,更に国別の特徴を見ると(図3),世界でもっとも多くの永住型移民を受け入れているアメリカでは7割近くが家族移民であり,就労を目的とした移民は2割にも満たないことが分かる。また,アメリカに次ぐ移民受け入れ大国であるドイツは7割近くが欧州域内の自由移動移民によって占められている。もちろん外国人であることには変わりないものの,経済水準,宗教,文化等の面で比較的似通った人たちが多いといえる。
更に重要なのが,家族移民や自由移動移民は政策的に受け入れをコントロールできないという点である。なぜなら,こういった移動形態は国際条約や個々人の基本的人権に基づいたものであり,国家の政策的な判断によって受け入れを拒否したり,あるいは拡大したりできるものではないためである。こういったカテゴリーの移民は非裁量的移民と呼ばれ,各国の移民政策のスタンスを示すものというより,既にその国で暮らす外国籍人口,移民人口の構成によってほぼ自動的に決まるといって良い。
一方,日本の永住型移民の構成を見ると,オーストラリア,カナダと並んで労働移民が多い(約6割)ことが特徴である。一方で家族移民は3割に満たず,少ない。それに加えて,各国の永住型移民の受入れ規模をその内訳別に比較すると(図4),例えば日本とアメリカの間の圧倒的な受入れ規模の差はほとんど家族移民による違いであり,一方,就労を目的とした移民について見ると,両国の間の差は2倍程度にまで縮小するのである。
2)一時滞在型移民
一方,近年,急速に増加しているのが一時滞在型移民である。先進諸国では現在,永住型移民とほぼ同規模の500万人の一時滞在型移民を毎年,受け入れている。一時滞在型移民の受入れはポーランドが最大(約110万人)であり(図5),これはもっぱらウクライナからの受入れが多くを占める。その次に多いのがアメリカ(72万人),ドイツ(46万人),オーストラリア(40万人)であり,日本はフランス(29万人)に次ぐ,第6位(27万人)である。同カテゴリーの移民のほとんどが季節労働者などの期限付き労働移民であり,日本の技能実習制度と同様,家族帯同や転職に何らかの制限がかかっている場合が多い。
一時滞在型移民は第二次世界大戦後にドイツなどの西欧諸国でとられたゲストワーカー(ガストアルバイター)制度が有名である。しかし,1973年に発生したオイルショックに端を発する急速な景気後退により受入れが停止され,その後,解雇された外国人労働者を帰国させることに失敗し,意図せざる定住化を生んだことから,同政策が再び顧みられることはないと考えられてきた。しかし,近年,密かに復活を遂げており,1990年代から現在にかけて急速にその規模を拡大している。この背景には先進各国において移民人口が増加するにつれて政治上の争点となり,永住型移民の受け入れを拡大することは困難との当局の判断があるとされる。一時滞在型移民であれば,受入れに当たって様々な条件を課すことができるだけではなく,その後の定住化にもつながらず,政治上の争点となることもない。
4.労働移民型移民社会としての日本
こうした点を踏まえるならば,移民社会としての日本について見ていく際,重要なのは労働移民だということになる。そして労働移民政策は現在の各国の移民政策のスタンスをもっとも如実に表す部分でもあることも重要だ。
こうした視点に立ち,先進国の労働移民の受入れについて,受入れ類型(永住型,一時滞在型)横断的に見ていくと(表3),日本の毎年の移民受入れ規模は年間約33万人となり,1位のアメリカ79万人の半分弱,順位にして第5位の受入れ規模となる。
順位 |
国名 |
永住型(a) |
一時滞在型(b) |
(c=b/d) |
合計(d) |
---|---|---|---|---|---|
1 |
アメリカ |
65.3千人(3) |
723.9(1) |
(91.7%) |
789.2 |
2 |
ドイツ |
64.9(4) |
458.3(2) |
(87.6) |
523.2 |
3 |
オーストラリア |
52.2(5) |
396.7(3) |
(88.4) |
448.9 |
4 |
カナダ |
95.9(1) |
245.7(5) |
(71.9) |
341.6 |
5 |
日本 |
66.0(2) |
265.5(4) |
(80.1) |
331.5 |
6 |
フランス |
40.3(6) |
285.9 |
(87.6) |
326.2 |
7 |
スイス |
2.1 |
188.6 |
(98.9) |
190.7 |
8 |
英国 |
36.3 |
151.8 |
80.7 |
188.1 |
9 |
ベルギー |
5 |
157.8 |
96.9 |
162.8 |
10 |
オランダ |
21 |
130.0 |
86.1 |
151.0 |
出典:OECD(2020)
更に興味深いことに,労働移民に占める一時滞在型の割合を見ると,日本はカナダについでその割合が小さいことがわかる。つまり,労働移民の受け入れにおいて,日本は期限付きの「使い捨て労働力」ではなく,期限のない永住型で受け入れている割合がもっとも多い。
こうしたことを踏まえると,日本が外国人の定住化を阻止する政策を一貫してとってきたというイメージは,主に家族移民の少なさや欧州のシェンゲン協定のような自由移動圏に属していないことに由来する部分が大きいといえる。つまり,本来比較対象とすべきではないこれらの類型に永住型が多いことを以て,日本の移民政策の不在や閉鎖性を主張してきたといえるのだ。そして,現在の政策スタンスをもっとも強く反映する労働移民政策において日本はむしろリベラルな,つまり永住型を中心とした受け入れをとっているといえる。これは一般的に持たれているイメージと大きく異なるものといえるだろう。つまり,日本は労働移民型移民社会として位置づけることが可能なのである。
5.今後の課題
今回の記事では日本は移民社会なのか,そしてそうだとすればその特徴は何かという点について検討を加えた。次回以降の記事では今後,日本が外国人にとって魅力的な移住先と捉えられていくのか,また日本における移民/外国人の社会的統合の状況といったことについて,明らかにしていきたいと考える。また,2020-22年にかけて見られた新型コロナウィルス禍による急激な縮小を経て,2023年以降,国際的な人の移動はかつてないほど急激に拡大しており,新たなフェーズに入ったのではないかと見られている。こういった歴史的な推移についても次回以降,明らかにしていければと思う。