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公益財団法人 日立財団

多文化共生社会の構築シンポジウム「日本社会における多文化共生社会実現の壁」〜心のグローバル化〜多文化共生社会の構築シンポジウム「日本社会における多文化共生社会実現の壁」〜心のグローバル化〜

アンジェロ・イシ 氏

アンジェロ毛受さんもメディアというキーワードで、発言されたので、私はマスメディアの責任と役割に対して、突き詰めていきたいです。厳しい見方と注文をつけたいです。例えば、大家さんや不動産の関係者が、外国人に対してアパートを貸したくないのは、色々な思いがあると思いますが、過去に具体的な嫌な経験もないのに、何となく不安、心配、怖そう、危なそうというふうになっているのはなぜかと言うと、一つの原因は、マスメディアによる不安感を植え付けるような報道が原因です。唐沢さんもこの点についていろいろと言及をされていましたが、ニュースとして報道されるのは、いい意味で目立っている人と、悪い意味で取り上げられた人なので、どちらにも属さない、地道に生活を営み、皆さんと変わらない普通のよき市民として生活している人たちがなかなか。
つまりメディアは、異文化として、いかに日本人と違うのかを強調するのも大切ですが、異文化を理解することの大切さと、実はそんなに違わないことなどを強調することが重要だと思います。これは、大人に対するメディアを通した教育の話です。もう一つの課題はやはり、これからをまさに頭の固い僕らのような大人に対して色々な意識啓発を働きかけても、劇的な意識改革に繋がるとは限らないので、やはり義務教育課程の小中学校の現場において、早い段階から外国人に対する「心の壁」をなくす情報提供と意識啓発的な働きかけができるかというところにかかってくると思います。かつて、日本も南米に渡り、移民として生活していたこと、そして、今は逆の立場になっていることについてももっと取り上げるべきだと思います。そこはやはり文科省をはじめ関係省庁に頑張ってもらいたいところだと思います。

山脇アンジェロさん、日本人はブラジルに100年前に渡って、自らが移民だったということから学ばないといけないというご指摘は面白いなと思います。それは学校でちゃんと教えるということですか。

アンジェロそうです。そもそも日本人が100年以上前から海外に出て「外国人」になり、「移民」になったこと。そこから得られる教訓は、沢山あると思います。何かそこから学ぼうとしていないのはなぜなんだろうかという素朴な疑問がありますよね。私の祖父母が、ブラジルに渡り、私の父親が生まれた時に「言葉の壁」があり、その理由で、もともと「イシイ」という名字だったのが、向こうで役所で登録するときに「言葉の壁」により、「Ishi」つまりダブルiにするところをシングルiにして、結果的に「Ishi」になってるというようなエピソードもあります。要するにそういうエピソードがちゃんと伝達され、聞かされていれば、無理なく日本にやってくる外国人たちが、どういうニーズがあるのか、何に困り、どのように対応すべきなのか見えてくると思います。

山脇おっしゃる通りだと思います。そしてその外国の方たちのニーズとか、どういう需要があるとかという点で唐沢さんにもぜひご発言をいただきたいです。

唐沢これは心理学の研究からといよりも、全く自分の個人的な経験からなんですが、私たち日本人の多くが、外国人と接するのに、壁をつくる原因の一つに、やはり言葉が通じるのかという不安があると思います。外国の人と話すことを、こんなにも躊躇させるようになった原因の一つは、日本の学校の英語の教え方にあるのではと、私は思います。イギリス人やアメリカ人のアナウンサーのような、パーフェクトな英語をしゃべる練習を、何年も週何時間もかけているイメージがあり、パーフェクトに話せないという躊躇がもしかしたら言葉の壁としてあるのではと思うんですね。明治以来、欧米の国に追いついこうとした過程で、そして今日であれば、日本の優れたものを発信する際に、もちろん正しい英語、正しい外国語は、必要だと思います。ですから学校教育の外国語をやめる必要は全くなくて、むしろ進めるべきなのかもしれません。しかし他方で、もう「ブロークンでもいい」といった表現すらやめて、どうしたらコミュニケーションができるかという実例を示していくことも必要だと思います。相手のことがわかるようになり、パーフェクトじゃなくていいからコミュニケーションできるということを、みんなで実践していくことで、教育制度とは別に、言葉に対する壁を破ることができると思います。学校教育のレベルのコミュニケーションと、私たちの生活のレベルのコミュニケーションは違うということを、実践をもって、ブレークダウンしていけたらなと思います。

山脇ありがとうございます。そのお話の文脈でアンジェロさん、日本は外国人に完璧な日本語を求め過ぎるんじゃないかという問題についてコメントをお願いします。

アンジェロ言葉の壁の話になると、日常生活において言葉が通じない場面などに目が向けられますが、私があえて強調しているのは、「職場における日本語」が、とてつもなく「高い壁」で、それが「言葉の壁」の原因があることをご存じでしょうか。実は、皆さんにその気があれば、この高い壁をもっと低くすること出来ると思います。私は、世界中に移住したブラジル人たちを、国ごとに国際比較する研究をしていたのですが、一番キャリアアップできていないのが日本に移住したブラジル人たちです。同じ時期にアメリカや、ヨーロッパ各国に移住したブラジル人のほうがより早い段階でホワイトカラーの職業にキャリアアップできたり、同じ非熟練労働でも、様々なサービス業の職種に就いています。日本は、仕事の場面で外国人に求められている日本語のレベルが高過ぎること、留学生が日本語能力試験N1に合格したからといって、企業で簡単に雇ってもらえるのかどうか。コンビニでは、一番言葉を必要としないので、外国人たちが多いのですが、高級デパートの店員としては、高度で完璧な敬語能力を持っていないと務まらないことに対して、誰もおかしいと思わないことも、キャリアアップできない原因の一つだと思います。

日本語能力試験:N1レベル(最高レベル)
幅広い場面で使われる日本語を理解することができる。通訳ができるレベル。

山脇毛受さん、コミュニケーションについてご意見ありましたらお願いします。

毛受今、言葉の話が出ていますけれども、企業で「N1」というか日本語のレベルで一番高いレベルの留学生でないと、採用の書類を見ないということがあるようです。反対に考えると、日本人がアメリカの大学に留学し、アメリカの企業に就職するとする。そうするとアメリカの大学を卒業した留学生であれば「あなたの英語のレベルはどうですか」と多分聞かないと思うんです。それよりもこの人はどれだけの能力があるか、企業にどれだけ貢献できるかという判断をすると思います。日本はじゃあなぜ「N1」を求めるのかというと、結局日本語というのは非常に難しい言語ということもありますが、日本社会と企業は、「N1」のレベルの日本語能力が極めて高い人だけが必要ですと、なっているのではないでしょうか。そこに100%合う最低レベルがN1となり、その人たちに、日本の窮屈な社会ルールの中でやって下さいと言う。これが大企業のやり方なのでしょうが、そうするとどういうことが起こるかというと、仕事面の能力より、日本語だけができる人、日本社会に適合する人のみが採用されるということになります。そうすると、日本語はあまり出来ないが、すごく能力がある人が落とされてしまっている可能性がある。
実際、仕事をしながら日本語能力は伸びていくわけなので、そのようなかたちで排除されるのはどうでしょうか。それと同時に、企業側は一歩も譲りません、我々の立ち位置は絶対動かないので、留学生はこちらに全部合わせてくださいというスタンスを示しているようにも思えます。やさしい日本語というのを、皆さんもご存じだと思いますが、例えば我々の会社はやさしい日本語を推奨してやっていますというようなメッセージを出せば、われわれが活躍しやすい会社だと、優秀な外国人の学生がその会社に集まると思います。門戸を開いてオープンな会社なんだというメッセージが出るわけですから、優秀な学生が集まってくる。それとは逆に、我々は今までのやり方を100%変えませんと言っていると、おそらく何年かたてば差が出てくると思います。
今、人手不足ということで外国人の受け入れが始まっていますが、それに加えて、非常に硬直的な日本社会や、あるいは企業が、それが今どのように、流動化し、多様性を受け入れていくかということだと思います。そういう意味でいうと、会社自身の体質を、外国人の方々が思い切って働けるような仕組みをつくっていかないと、グローバルな競争な中で負けてしまうと思います。

山脇絵里子 氏

山脇本当におっしゃる通り、私たちの側がハードルを下げる、門戸を広げることで、非常に優秀な人材が世界中から集まるかもしれないチャンスが今あるということですね。一方で、日本で非常に劣悪な環境でひどい思いをして帰る外国人労働者がいる。技能実習生なんかはそうですけれども。技能実習生で脱走したミャンマー人女性の取材をしたことがありますが、残業代が時給400円、朝6時から23時まで毎日働かされて、手取りが6万円という、本当に劣悪な中で逃げてきた彼女が「日本にたくさん夢を持って来ました。貯金して本国で工場を開きたかった。こんなことになってしまって本当に悲しい」と。脱走して「警察に追われている」と精神的に追い詰められて泣いていましたけども、そういう思いを持って世界の国、故郷に帰っていけば、それが広まっていく訳です。易しい日本語であなたの能力を生かしていきたいという企業が日本にたくさんあれば「この国は働きやすい」と世界から人材が集まってくる。だから、私たちがそのハードル、心の壁をどれだけ下げていけるかにかかっているのかと思います。最後に心のグローバル化について皆さんからアドバイスをいただきたいのですが、その前に唐沢さんが先ほど、後で時間があったらとおっしゃった権利の問題をお話しいただけますか。